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ドーム雑学博士-知っていれば得をするかも- Dr.Dome

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これがバンテリンドーム ナゴヤです

着工:1994年(平成6年)8月8日

竣工:1997年(平成9年)2月18日

オープン:1997年(平成9年)3月12日

敷地面積:104,447m2(31,596坪)

建築面積:48,169m2(14,571坪)

延床面積:119,445m2(36,132坪)

ドーム容積:1,700,000m3 (うちアリーナ:1,250,000m3

最高部高さ:66.9m(内部64.3m)

屋根の直径(ラチス部分):183.6m

屋根の重さ:約10,300t

屋根の表面積:約33,000m2

アリーナ面積:13,200m2

寸法:両翼 100m・中堅 122m

収容人数:50,667人(2023年アリーナ使用時最大)

客席数:36,418席(2023年プロ野球時)

3色の意味

3色の意味

左記はNAGOYA DOMEの頭文字「N」と「D」をドームの外観に似せてかたどったシンボルマークです。

青色は「躍動」、緑色は「環境との共生」、赤色は「感動と情熱」を意味しています。シンプルで優美な曲線がやさしく、手書きを思わせる筆太の字形が人間性の温かさを、そして跳ね上がる「N」の字の筆遣いが沸き上がる感動を表現しています。

平和の礎になられた人を忘れません

平和の礎になられた人を忘れません

2004年4月2日、左写真のようなプレートが総合案内所横に設置されました。

『平和への礎になられた人を忘れません』というプレートです。

ドームが建つこの地で起こった出来事を知っていただき、平和への思いを強くしてもらいたいと思い、このプレートを設置しました。

プレートの全文は下記のとおりです。



平和の礎になられた人を忘れません平和への礎となられた人々を忘れません


ナゴヤドームが建つこの地は、かつて三菱重工業名古屋発動機製作所大幸工場があり、第二次世界大戦下の1944年(昭和19年)12月13日に米空軍B29爆撃機70機の空襲を受け、工場で働く人たち、挺身隊の女性たち、学徒動員の生徒ら300余人の尊い命が奪われました。

この大戦では、名古屋軍(現中日ドラゴンズ)石丸進一投手(当時24歳)も特攻隊員として出撃、野球への熱い想いを胸に抱いたまま空の彼方へ消えていきました。

私たちは今日、平和への礎となられた人々を決して忘れず、野球やコンサートなどを通して感動を味わうことができることに深く感謝し、ここにご冥福をお祈りいたします。

2004年4月2日

株式会社 ナゴヤドーム

「ナゴヤ」がカタカナの理由

nagoya_katakana.jpg

ナゴヤ球場時代から、「ナゴヤ」はカタカナ。これには、カタカナで「ナゴヤ」を書くと八画となって縁起がいいからという理由や、小さなお子様から大人の方まで、幅広い年代の方々に親しみを持ってもらいたいとの願いがこめられています。

ドームのお弁当"球弁"

球弁

駅で買うのは駅弁、空港で食べるのは空弁。それなら野球場で食べるのは......として、名づけられたのが"球弁"。ドームのパンフレットなどをよく見ると、あちらこちらに"球弁"の文字があります。
季節限定商品もあるのでお見逃しなく!

※ラインナップなど詳しくはドラゴンズ公式サイトの球弁紹介ページをご覧ください。

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